お前は待っていた。

★そいつは随分と待っていた。おそらく20年近く前に安く買われ、買った日かその翌日に使われて以来見向きもされなかった。
★だが奴はじっと耐え、やがて何時の日か自分が必要になる日を引越しの度に、色々と変る狭い引き出しの中で我慢してきた。
★2008年9月24日、ご主人様が筑波で転倒し、手首を骨折そしてとうとう、奴に出番が回ってきた。
★しかし、既に電池は消耗し針さえも動かなかった。
★ご主人様は左手を骨折したので、左手の腕時計は当分使えなくなり、仕方なくそいつの電池を入れ替え、使う事とした。
★「あ、懐中時計、しゃれてますね」と誰かが言った。「まあな」とご主人様はすかして答えたが、本当はそいつしか使えなかったのである。
★そいつとは、何をかくそう、お前、いやわたし、懐中時計である。
★今日病院へ行って新たに左手のヒビガ見つかったにもかかわらず、ご主人様は又腕時計の復活を試みている。
★しかも、ご主人は安い時計と安いカバンが趣味で、これらを数えれないほどもっている。
★だから、この20数年ぶりの機会にわたしを見直してくれたとしても、何日に1回腕を休めて、私を使ってくれるのかは分らない。
★でも、例えば三つ揃いのスーツを着たときなど、ごくたまに私を使ってくれそうな気がする。
★あのくらいじめじめとした机の中の暮らしはもう飽きた。ベイビーあんたからもわたし懐中時計を使ってくれるように頼んでみてくれよ。
★「懐中時計をしている人って好き!」とか言ってその気にさせておくれよベイビー!
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