半世紀以上前の風景

★小学校4年の時通っていた新通小学校。
★さて、静岡での朝は9時前の起床です。
★朝食バイキングを食べて、11時前にチェックアウト。迎えに来てくれた親友のAの車に乗り,こぎれいな喫茶店で朝のお茶。
★2年ぶりくらいに積もる話をする。
★その後、Aの菩提寺、善然寺へ行きAの亡くなった御両親と若くして逝ったAの弟K君に祈りを捧げる。
★大変お世話になった御両親と何の世話も出来ず亡くなってしまったK君の事を想う。
★その後時間があったので、食事をして、小生が育って転々とした静岡市内をAが車で回ってくれる。
★すっかり様子の変わってしまった町。
★それはそうだ、50年以上前の話である。一世紀の半分が過ぎている。
★正月、よくAと3本立ての映画のはしごをして、6本も映画を見て夜帰ってきて、帰りには2人とも子供なので、よく互いに不機嫌になって、喧嘩しながら帰って来たのを思い出したりする。
★夢のような、幻のような時だった。
★あの頃お互いに何を夢見、何を思っていたのか?
★そして、彼は電気設備の設計士となり俺は演劇と放送の道に進んだ。
★現役とはいえ、互いに色々な意味で引退が近づいているのを知る。
★やはり、50年は重く永く、だがあっという間の「たまゆら」である
★決して後ろばかりを、観ているわけではない。
★しっかりと、残り僅かな先を二人で観ている。
★その為に山に登る。
★何回も来た、静岡と清水の間にある日本平の頂上だ。
★展望台に登る。登るAの息遣いが荒い。
★心臓の具合があまり良くないという。
★Aは俺と違って、運動身体能力の素晴らしい男だ。
★まかり間違えば、スポーツの道に進んでいたかもしれない。それなのに、時と言うものは実に残酷である。
★名物の追分羊羹の土産までいただき駅まで送ってもらい、別れた。
★「とことん生きるぞ!お互いに!」
★帰りの列車は混んでいて、列車の出発まで、時間が空いたので、静岡の地下街や呉服町の通りを歩く。
★色々の思いが駆け巡る静岡の2日間であった。
★もう一人の友達、不動産屋をやつているNに朝電話を掛けたら「元気がない」と言うので「どこか身体が悪いのか?」と聞いたら、「いや、経済の方が元気ないんだよ」と珍しく弱気な声だったのが、気になった。
★不景気の闇は深いよ、どこもかしこもだよベイビー!
★以下の写真は、その頃間借りしていた、静岡市駒形のアパート。角の2階の赤い干し物のある部屋。勿論建物は建て替わってはいる。

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