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記憶違い

玉川上水の鯉

★写真は玉川上水に泳ぐ鯉の群れです。

★さて、昨日の記事に記憶の誤りがありました。つらつら考えてみるに41年前でなく、43年前小生、23歳の11月の事でした。

★その年の夏、私は東村山と言う東京のはずれの小さな共同体の中でひっそりと、キリスト教の教会の管理人をやっていた父のコネで、地元のある小さな会社に就職しました。

★学生演劇の季節は終わり、演劇を職業として選ぶ状況も才覚もなく、仕方もなくそこに就職したのです。

★そこは、米屋とガソリンスタンドを割合手広くやっていた会社で、夏中頑張ったのですが、ガソリンを車に入れ、油まみれになってパンクを直したり、グリスアップする仕事は、からだを使っていれば唯過ぎていく仕事でした。

★肉体的なつらさよりも、未来に何の希望も見つけられなかった私は、そこを止める決意をしたのです。

★あてはないが、止めるとなれば、紹介してくれた父の顔に泥を塗る事になるので、家を出る事を決意し、実行したのです。

★貯金等ほとんどなく、とにかく、古巣の早稲田大学の劇団「こだま」の部室あたりに流れていったのです。

★それが秋の初めだったと思います。

★そして、後輩や先輩のアパートに居候して、3日目には居づらくなって、あてもなく、「ありがとう。今日は友達の家にとまるからいいや」と嘘を言って、出るという毎日です。

★後輩も先輩も何故かそう言うと「大丈夫か、うちは遠慮しなくていいんだぞ」といいながら、決まってその眼の底にほっとした表情が読み取れるのでした。

★そして、学生食堂で1日素うどん1杯とか、今の家人が特別の意識なく、私だけに限らず、腹のすいた者に握り飯を時々運んでくれたのを貪り食っていたような日々です。

★その中で、何かしなければと、早稲田祭に申請登録して、仲間に芝居を書かせ、俳優をやるやつを説得して、一本の芝居を作ったのでした。

★コールズワージィ原作の小説で確か「追憶」という題ではなかったかと思います。

★住むところも、金もなく、ろくなものも食えない状況で仲間を集めて、芝居を1本制作演出した事が、後にどんなにつらい状況でも、人間その気になれば芝居は打てる、という確固たる確信のようなものを小生に植え付けてくれたのです。

★その頃誰かにもらったATGの招待券で映画を見て、外に出た時11月の冷たい雨が降っていて……
と言う昨日のブログの記事になる訳です。

★したがって、正確に43年前と言うように昨日の記事は訂正編集いたします。悪しからず。

★それにしても、あっという間のわりには、43年と言うのはすごい年月だと思います。

★親父には迷惑をかけたけれど、(あの後20代に芝居のやれない時もあったけれど、)あの秋がある意味、今の芝居が出来ている小生の原点のような気がします。

★だんだんボケてきて、昨日言ったことや一昨日言った事等を忘れてしまい、若い劇団員に馬鹿にされますが、43年前のあの11月の冷たい雨は忘れません。

★渇望して、渇望してやっと芝居の出来た事の嬉しさを劇団員に語ると、簡単に「それは私たちの今の情況とは違いますから」と一蹴されてしまいます。

★でもな、ベイビー!そうしたハングリーな物がなければ、芝居は旨くもならないし、芝居で飯など食えないんだよ。

★それだけは本当だ。

★本日は、久方ぶりに駅前に買い物に行った他は1日テレビの前の安楽椅子で、ぐだぐたとした休養を取った一日でした。
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プロフィール

G.C(グランド・キャノニオン)

Author:G.C(グランド・キャノニオン)
G.Cことグランド・キャニオン・ビリーブ・ミーこと高貴な谷、つまり 高谷信之のこれはブログです。

G.C(ジードットシー)は1972年からNHKラジオドラマを約80本書き、映画、テレビ中学生日記等主にNHkのシナリオを手掛ける。【ラジオドラマ】「枝の上の白色レクホン」では、芸術祭大賞をとり同じく『天主堂』ではギャラクシー賞優秀賞をとる。
また若者たちと劇団ギルドを1999年に立ち上げ、20年続け、37回公演で2018年秋解散した。70代後半に向かい、演劇のプロジェクト、あくなき、小説・演劇・シナリオの挑戦創造に賭けており、また日本放送作家協会の理事は岩間良樹理事長の時代より20年以上続けた。
他に長崎県諫早図書館・壱岐未来座等のシナリオの書き方、演劇の演出講師、指導等もしている。

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