思い出、2人の素晴らしい役者

★写真は水墨画のように奥にうっすらと見える富士山です。
★1月の末訃報を知った。名優三谷 昇さん90歳である。
★およそ44年も前になる。当時30代半ばの私は、まだ演劇集団「円」が新橋の森ビルに稽古場を持っていた頃である。
★縁あって小生の創作劇「セピア色した雨祭り」という芝居を当時の代表的な役者仲谷 昇さん主演でアトリエ公演で演出させて頂いた。
★その時スケジュールの都合で出演できなかった三谷 昇さんが、装置プランに回ってスタッフに加わってくださった。
★もともとは文学座の演出部出身だった方なので、狭い稽古場に丸太を斜めに組んだような素晴らしい装置プランを作ってくださった。
★そのゲネプロ(舞台稽古)の時であった。ラストのシーンで姉と妹の秘密が暴かれる、大団円に赤い夕陽が差し込むシーンだっ
た。
★稽古の後「タカヤさんあの夕陽の色は違いますね」と三谷さんは静かにおっしゃった。
★確かに最後に差し込んでくる夕陽の色は、照明の明日(みょうが)さんと打ち合わせ、ゼラチンペーパーを被せていない生の明かりが一条差し込むような演出だった。
★これは以前にもやったことがあり朝陽や夕陽などの太陽が差し込む時は、必ず生灯りでやるという、照明と演出の私との何回かやった約束事のようで、リアルに近い赤いゼラチンをかぶせた夕陽や朝陽を私は当てたことがない。
★「いいえ、あれでいいんです、三谷さん」と私は言った。「違いますタカヤさん、夕陽は赤です。赤くなくちゃあいけません」と三谷さん。この議論は中々平行戦で解決しなかった。
★結局役目上、大先輩の三谷さんに演出として私は主張を貫いたのだが、この時の頑固な迄の三谷さんの美学は本当に素晴らしかった。
★余談だが、その日は入院中の「円」の代表でもある芥川比呂志さんが病院から退院なさった日で、そのゲネプロを気になって病をおして視察にこられたため、私の最後のダメ出しは、緊張された仲谷さんや出演の方々の耳には素通りされてしまった。
★それほど芥川さんは「円」と言うよりも演劇界にとって偉大な演出家だった。
★恐れ知らずの若いわたしはそれほど緊張しなかったが、仲谷さんや三谷さんはコチコチに緊張されていた。
★後日談がある。まだ電話などよく通じない頃、芥川さんは電話で「なかなかいいじゃないか、ああいう外部の方に色々アトリエ公演などをどんどんやっていただければいい」とおっしゃってくださったと聞いて、その後の私の演劇人生に、どれほどの自信になったことであるか、感謝してもしきれない思い出である。
★その後何回も私の書いたNHKのラジオドラマに三谷 昇さんは出演していただいた。
★そしてまた私が早稲田の学生の頃一緒にやらせて頂いて、新劇団自由舞台から出た、作家別役 実さんの芝居にも多く出演され、特に下北沢の劇場楽園で見た、山羊の会の「メリーさんの羊」等は本当に感銘を受けた素晴らしい演技で胸に突き刺さった。
★黒澤明の映画にも出られた大先輩と夕陽大論争をした三谷さんは、忘れることが出来ない。ご冥福を申し上げます。
★それからもう一人、関川慎二という仲間の役者が闘病の末、先日2月3日に亡くなった。70代半ばだった。
★私は「コロナが落ち着いたら、家まで行くから飲もうな」と電話していたが、ついにかなわなかった。
★コロナを押しても行くべきだったと、今私は猛烈に悔やんでいる。
★人は生きているうちに語るべきである。どんな困難があろうと、生きていてこそだ「。死んで花実が咲くものか」である。
★彼、関川は不運な大器であった。
★まあ詳しくは書けないが、文学座の養成所を出て、本来なら「太陽に吠えろ」の刑事の一人としてデビューするはずだった。
★しかし彼はそのチャンスを知らずに丁度1年間アメリカに留学し「アクターズスタジオ」等で1年をすごして帰国すると、別の新人が刑事役で大活躍し、その後大スターになったのである。
★所詮人は、世が世であらばとか、もしあの時などと人生の岐路を恨んでもしょうがない。
★彼は彼の道を歩み、私の作演出した「八騎人ハッキジン」の水道橋の舞台「蛍よ妖しの海を飛べ」で、義経の影武者の杉目という主役を立派にやり遂げたが、それがよかったか悪かったかは誰にもわからない。
★真正直で人懐っこい大男で、どこまでも優しかった。本当に大柄で不器用だが胸を打つ芝居ができる役者だった。
★対照的な二人の役者がなくなり、なんとも寂しい立春になってしまった。
★三谷さんのようなレジェンドと一緒に書くなと言われそうだが、私にとっては二人とも尊敬していたし……
★人との別れはかくも寂しいものかと噛みしめている。
★しかし、もうすぐ私にも順番は回ってくるのだから仕方ないか、とも思う昨今である。
★やっぱりこれかこれにつきるのかこれしかないのか「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ!」
★お休みベィビー、もう朝だぜ。また気が向いたら。
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