子供の日には・・・・

つつじと館山の海

★さて、本日は強烈な震度4の地震で朝4時に寝たのに、5時過ぎにたたき起こされました。2011年の3.11依頼の震度という事で、ちょっと驚きました。そして天気は子供の日という事で、曇ってはいたけれどまあまあの日和。

★思い出すのは、中学生くらいの頃、家は5人兄弟で、たまたま静岡に長く住んでいたのですが、親父が戦後20数回職を変えたために極度の貧乏でした。

★母も保母(今で言う保育士ーなんという味気ない呼び方なのか)をやって家計を支えていたのですが、本当にお金の無い生活でした。

★それでも、子供の日だけは母がおにぎり(勿論麦入りの塩結び)を人数分だけ作ってくれて、近所の山や公園へ遠足のようにして歩いて行ったものです。

★出来るだけタダで行ける処、入場料がかからなくて、乗り物には乗らないで行けるところを選んで一家7人(その頃はおばあちゃんは東京の叔父さんの家に行っていたので)皆で歩いて行ったものです。

★ある5月5日の日、途中公園の向かい側で50メートル程先の目の前で、突如地滑りが起きて崖下の家が、一軒呑み込まれたのが強烈な記憶として残っています。

★最初はその崖をたった一つか二つの石ころが転がり始めたばかりなのですが、父が「これは大きくなるぞ」と言って数秒もしない間に崖の松の木などを飲み込んで、山肌が崩れだし、あっという間に下の家が一軒つぶれてしまったのです。

★その家に人が住んでいたのか、その時家の中に居たのか、そういうことは今となっては一切わかりません。

★でも本当に鳥肌の立つように怖かったのを覚えています。その徐々に大きくなる地鳴りと一瞬にして植物や木々を飲み込んで崩れ落ちる光景は忘れることが出来ません。

★後に幸田 文さんの「崩れ」という一見全くドラマにならないようなエッセイを提案して、それが通り、NHKのラジオドラマとして書いたことも、そんな崖崩れの光景を中学生(あるいは小学生か?日記を探してみればわかるのだけれど、今その余裕はなく)の頃、目の当たりに見た事がきっかけかもしれません。

★それはともかく、勉強にはうるさい教育ママでしたが、子供の日だけは大切に思って出来る限りの事をしてくれたことを5月5日になると思い出して、なつかしく思い大変だったろうあのころの父と母の胸中を慮り感謝をするのです。

★昨年妹が亡くなり、兄弟は4人に減ってしまいましたが、あの頃の事を思うと、なつかしさとともに、何ともさみしくも独特な気持ちになります。

★子供達よ元気な明日を生きてほしい。夢と希望を持ち続けて。何もしてやれなかった大人は反省しつつそう思わずにいれません。

★本日これまで。お休みベイビー!また明日。
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theme : 記憶の果て
genre : 日記

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プロフィール

G.C(グランド・キャノニオン)

Author:G.C(グランド・キャノニオン)
G.Cことグランド・キャニオン・ビリーブ・ミーこと高貴な谷、つまり 高谷信之のこれはブログです。

G.C(ジードットシー)はラジオドラマ80本書き、映画、テレビのシナリオを手掛ける。
また劇団ギルドの代表でもあり、劇団の運営、限りない創造に賭けており、また放送作家協会の理事でもある。
他にシナリオの書き方講師等もしている。

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