Facebookもなんだかなー

★写真は「あらゆる会議の真ん中で」の一部です。
★さて、お盆の所為かEメールにくる広告がうんと少なくなったと思ったら、相変わらずFacebookにわけのわからない誘いが殺到する。
★まず、だまされそうになったのが、同じ地域に住む若い女からのメールだ。
★最初から分かっていたので、友達として「承認する」というしるしをクリックはしなかった。しかしある時、間違って一瞬クリックをしてしまったら、すかさずその若い女は実はFacebookをやめたので、直接こっちへメールしてくれと誘導する。
★勿論そんな手には乗らないのだが、懲りずに友達として承認してくれという見ず知らずの人からのFacebook経由でのメールがひきもきらない。
★そしてこういう人たちはもちろん覚えのない人で、基本データーを見ても2013年1月誕生などというふざけたデーター1行しかない。
★こちらは初期の頃入ったので、正確に生年月日から住んでいるところ、出身学歴からはては趣味まで基本情報をすべて書き込んでいる。にもかかわらず、基本情報もなく、聞いたこともあったこともない人から突然友達として承認してくれときりもなく来る。
★しかもそういう奴に限って何のメールのあいさつもない。つまり、百歩譲って「誰々さんの友人なので、承認してください」とのメールでもあれば、一度も会ったことも口をきいたこともない人でも承認しないでもない。
★何の情報もない、知り合いでもない人にいくらネットでも友達になりましょうなどといえるのか?と思ってしまう。
★だったらFacebookをやめればと言われるかも知れないが、時々芝居の公演の告知などにブログとは別の効果があるのでまだやめきれない。
★もう一つFace bookがめんどうなのは、一部の人に限って、政治的なプロパガンダのように政治的な意見ばかり乗せている人がいる。
★いくら表現の自由と言っても、こういう人のFacebookはうんざりする。それは生活の報告や、色々な写真を楽しく乗せている中で時々政治的発言が混じっていてもそれは構わない。しかしほとんどすべてが政治的意見というのも興ざめがする。
★第一公平であるためには「拍手」と「いいね」の欄しかないのもどうかと思う。「反対」とか「それはどうかな」という欄があってもいい。
★勿論前から言うように匿名のメールというものは小生は認めない。匿名の誹謗や不快感を与えるメールや書き込みは小生は否定する。意見を言うなら名乗ってから言うべきなのだ。だから2チャンネル等は一度みてから一切見ない。
★まあ、記名も匿名もそれぞれ欠陥があるという事だ。ただ、そういう隙間を狙ってうるさく来るFacebookのメールはうんざりするというだけだ。
★このブログをFacebookに転載するボタンがあるのだけれど、それをクリックするのはやめる。
★ああだこうだと物議を交わすのが本意ではないからだ。
★本日はこれまで。お休みベイビー!また明日。
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