何がいらないか?

★写真は夏、いつも土日に打ち上げられる西武園の花火。
★コンパクトデジタルカメラに花火の表示があるので、そこに合わせて西武園の花火を撮ったのだけれど、中々花火は難しい。
★シャッタースピードをゆっくりするため、コンパクトカメラではシャッターのタイミングが難しい。
★一眼レフで、三脚を立ててやればいいのだが、そこまで本格的にじっくりとやる余裕は今ない。
★本日の最高温度は都心で37.2度とかで、体温を上回る暑さである。
★ジイーっと冷房に当たってテレビを観ているのも能がないので、仕事部屋の片づけを更に進める。(本当はやるべきことが山ほどあるのだが、お盆休みという事にして)
★進めるが、次々とどうでもよい過去の書類や、これから生きている間におおよそ使う事もあるまいと思われるものが多く、こうした小物の整理にえらく時間がかかってしまう。
★どうして、人間はいや、小生はこうした愚にもつかないような小物に執着しているのか、執着がないにしても捨てられないのか?
★貧乏に育った所為ばかりでは無いようだ。
★人は自分の寿命がどこまでかは分からない。わからないが、もうわずかだという事は古希になればわかるのだ。
★わかったら、もうその小物はこれから先必要なのかどうかは分かるはずだ。なのに捨てられない。
★その未練の様が情けないと思う。
★話は変わるがここ2日ほど夕方から頭が少し痛く、寝ると数回トイレに起きるので、寝起きがだるくて、躯がシャキッとしなかった。
★そこで昨晩は寝る前に痛み止めを飲んで、クーラーの温度をいつもより上げて、切るタイマーの時間を長めにして寝た。
★すると、一回トイレに起きただけでゆっくり眠れて、朝爽快に起きられた。
★また話は変わって、アビが前足をちょっとビッコひいているのを小生が発見。それを家人に言うが、家人は中々わからない。
★何回か歩くアビをみて、ようやくその様子に気づく。アビの足をさわってみても特に痛がる様子もないので4,5日様子を見る事とする。
★家人と小生とでは驚くほど危機に関する勘とか、危機に関しての感覚が違う。それは驚くほどだ。
★わかりやすく言うと小生神経質で家人は大胆不敵。そのくせ、人間関係の変なところに神経質なのは家人の方だったりする。その差がありすぎるので、47年も付き合ってこれたのかもしれない。
★といったような具合で本日はこれまで。
★お休みベイビー!また明日。
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theme : 「生きている」ということ
genre : 心と身体