年賀状

★ロンドンのグローブ座が改修工事の為、外周に丸太がかかっていた。そこで、グローブ座の中にあったグローブ座の模型を撮って来たのでした。
★さて、いよいよ年もおし迫り、年賀状を書くというより、まず、2パターンの絵柄を印刷をして、住所を入れ込む。一日ががりの仕事である。センスはある(と本人は自信を持っている)のだが、写真の入れ込みや、文字の入れ込みガ下手なので、家人に手伝ってもらう。
★ここでは紹介できないが、1枚はパリ凱旋門の前で撮って貰った写真。もう一枚はそれ程親しくない人はそういう写真はかえって引くので、吾が家のベランダから一眼レフのズームで撮った雪をかぶった富士山の写真にいずれも謹賀新年等と配した。
★最初に一覧表を作り、喪中の人を除いて、刷り出せばよいのに、逆をやったため、うろ覚えの記憶では駄目で大分無駄が出てしまった。
★宛名を1時間以上かけて刷り、明日、裏の写真と文字のはめ込みを刷ることとする。
★そして、一応1枚づつにできるだけ何かコメントを1行書き込む。
★これが枚数が多いので一仕事である。
★結局ポストに入れるのは早くても、29日になるだろう。それでも今年は良い方か?
★けっこうカラーインクがかかる。プリンターが何故安いのかという事は、ポケットPCが安くてもその後毎月通信料をしたたか取られるのに似ている。
★インクはプリンター指定でなけければ何の役にも立たず、これで、プリンターの会社は続けて、したたかに儲けるという仕掛けだ。
★ところで、年末はいつの年も苦手である。苦しかった幼少期を必ず思い出すからである。
★冬休みになると、友達の誰もが休みを喜んだ。しかし、休みは特に冬休みは必ずバイトをさせられた。
★ある年はカマボコ工場で、魚のはらわたを裂いたり、-20度の冷凍庫からカマボコを運び出した途端、ボイラーの前で釜炊きをやらされたりした。赤いゲージがあり、あまり石炭をくべすぎると、赤い針が動き、ラインを超えたら爆発すると教えられ、びくびくしながら、石炭をくべる。針が下がってくれば火は消えてしまう。くべすぎれば爆発する。
★一日仕事が終わると、生臭い魚の臭いが体中にしみついて、風呂に入っても其の臭いは落ちない。
★大晦日仕事がおわって、安い賃金を貰って帰る。父が待ち構えていて、繁華街の片隅の洋服屋で黒いジャンパーを一つ買ってくれて、残りの金を父に渡す。「じゃあ、借りておくな」と父は言い、わたしは黙って頷く。ただわたしは知っている其の金はけして返ってこないという事を・・・・・・・・・
★いや、わたしはそうした父を責めているのではない。
★借金だらけで年を越す父にとっては、それしか出来なかったのである。
★なにかしてやりたくとも、何も出来ない事。あるいはそれしか出来ない時が人生にはあるのだ。
★それを幼くして学んだだけでも、私の想像力は鍛えられたと本心で思う。
★ただ、そうした事を暮れになるとどうしても思い出してしまう。それをもう一つくくろうと、来年は3丁目の夕陽とは別のもう一つの昭和を舞台にしようと思う。
★いや、けして、暗く目をそむけたいような芝居にはしないつもりである。ご期待下さい!
★それにしてもトラウマ等と言う流行り言葉でくくられると腹が立つ。
★そういう事でくくれない、傷というか、滓のようなものが、こみ上げてくる季節が年の瀬なのだ。
★ラジオで紅白歌合戦がながれていて、玄関のあがりかまちには、八百屋の小僧さん(と言っても立派なお兄ちゃん)が、腰掛けていて、「俺だってよ一銭も貰わずに親方の所へ帰るわけにはいかないんだよ」といい、母は「無い袖はふれないの、何度行ったら分るの、なんだったら、あがって、タンスの中でもどこでも探して御覧よ、一文もないんだから」
と開き直る。
★父はどうしていたか?父は紅白の間中用もないのに寒風の大晦日の街を自転車で徘徊している。
★そんな紅白が終わり、行く年来る年の除夜の鐘が鳴ると、不思議にあきらめた小僧さんは帰っていき、父も何処からか帰ってくる。
★だから、借金取りに苦しめられずに見る紅白は最高である。
★それがどんなにくだらない番組といわれても、其の番組を穏やかにみながら、風呂に入ったり、原稿を書いたり出来ることが幸せなのだ。
★これはどんな格闘技でも駄目なのだ。あの頃昭和30年代から面々と続いてきた紅白歌合戦だから出来る事なのだ。
★貧乏人にとっての紅白の思い出は尽きない。
★百八つの鐘で、一切を洗い流し新しくすると言う発想は素晴らしいと思う。そういう事がなければ、貧乏人に救いは無いのだよベイビー!
★ところで聞くベイビー、「君は裕福か?心の着物にまちはあるのか?」
★今日はここまで。
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