甲子園 静岡高校戦う。

★写真は今夏の空掘川です。
★さて、本日は朝8時から甲子園で我が母校静岡高校と、千葉の習志野高校との第一回戦。
★中盤まで、1対1のいい勝負だったのだが、習志野というチームは高校野球とも思えぬホームスチールとか、ヒットエンドランを初球から狙って来て、失敗するとすぐバンドに切り替える等小技のチームで、正直すぎた静高は8年ぶりの甲子園だったが、残念ながら敗れた。
★思えば半世紀前の夏、わが、静岡高校こと静高は甲子園で決勝まで行き、後に巨人に行った法政二高の柴田勲投手に辛くも敗れ準優勝だった。
★高3であったのに、受験勉強もほっぽらかして、甲子園に応援に行って、次々勝ち進むものだから、公民館のような所に雑魚寝して、必死でカチワリ氷を頬張りながら応援したのを覚えている。
★甲子園のアルプススタンドで応援する、我が若き日の姿もモノクロの写真で残っている。
★負けた後は、同級生の仲の良かった岡谷くんと、口をきく元気もなくぐったりとして東海道本線に乗って帰って来たのを覚えている。あの頃は高速道路もバスも新幹線もなかった。
★我がクラスには甲子園準優勝の野球部員が5人程いて、帰ってからはパレードもあり、大騒ぎだったのを覚えている。
★その中の田原君はアイウエオ順で高谷の前に座っていて、肩幅がとてつもなく広かったので、隠れて授業中に早飯の弁当を食うのには好都合だった。
★サードのキャプテン石山はその後早稲田の野球部から日本石油、プリンスと行き、アマチュアから初のプロ巨人軍に長嶋監督から呼ばれてスタッフとして活躍した。現在は高校の臨時コーチや講演などで活躍している。
★石山は野球、小生は演劇と当時の放課後が、そのまま何十年というか半世紀も続いているのだけれど、石山はその放課後が銭になり、こちらの演劇の放課後は一銭にもならないのが、悔しいのか清いのか馬鹿なのかはわからない。
★そんなわけで、高校野球は静高が出て来た時にのみテンションがあがる。
★今回も朝6時過ぎに寝たのにもかかわらず、9時には起きて試合の中継を観てしまった。
★習志野ファンには悪いが、子細工は止めて、必死に投げて懸命に打つという正当な高校生らしい試合をしてもらいたい。
★それに応援団の3分の2を擁するブラスバンドかうるさい事うるさい事。あれで我が母校の集中力もいい加減削がれた。
★応援とはいえ、あれだけの大応援団の大音響はペナルティーものだ。日本人は音に関して寛容に過ぎる。
★我が静高は今はいざ知らず、相手ピッチャーが投球動作に入ったら、鳴り物や、声を出すのを一斉に止めた。
そういう相手に対してのクリーンな応援が出来るのも高校野球だったのだ。
★さて、本日はその後、変に目が覚めてしまい、帝京と石巻東の試合を観た。
★これは9回石巻1アウトで2塁まで行ってさよならの劇的状況があったのに、無粋な審判が守備妨害を取って2ダン1塁にしてしまい。せっかくの試合を台無しにした。
★ともかくこれらの意見は一方的な小生の主観的意見なので、コメントはいりません。
★習志野とか帝京とか審判の立場に立てば当然反対の意見がでるのだから、そんなとこで論争したくはありませーん。
★ともかく、なつかしい高校野球の為に一日のリズムがくちゃくちゃになって、あの50年前に試験勉強の予定が狂ったように、締め切りに向かう睡眠とそれに関するリズムは無茶くちゃになり、せいぜいネットから資料をプリントするのが精いっぱいの1日でした。
★ベイビー!言い訳ばかりだ、男じゃねえな。
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