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新年が始って今頃

新年の夕暮れ
★新年の黄昏の風景です。

★あえておめでとうは言いません。

★ですが、昨年お世話になった方々に、改めてお礼申し上げます。本年もよろしくお願い申し上げます。

★実は近所の方で、大変親しくお付き合いさせていただいていた方が、大晦日の夜に亡くなられたのです。

★しかも元旦になってその事が分かり、大変なお正月になってしまいました。

★家人はそのことで元旦から色々とお手伝いをして、忙しくて泣く暇もない程でした。

★私も途方に暮れて本当に悲しく寂しいここ10日程でした。

★93歳の御婦人で、世間では大往生と言って片付けられてしまいがちですが、私どもにとっては大切な方で素晴らしい方でした。

★直前までお元気で、11月の公演には観に来てくださったり、劇団自体も大変お世話になった方でした。

★いつもは家人の親友の御一家へ行ってのんびりとお正月を味わったりするのですが、バタバタの10日間でした。

★誰からも好かれた本当に良い方でした。特に家人とは年は離れていてもほんとうに親しい友人のような存在だったのです。
8日にお通夜で9日にお葬式がおわり、なんとか忙しさは引いたものの、殊更寂しさと虚しさがやって来てしまいます。

★近くに住んでいながら、その最後に何にもしてさしあげられなかったのが悔やまれます。

★ブログも中々書けませんでした。頂いた年賀状の返事を書くのが精いっぱいでした。

★人は90歳を過ぎていたから大往生だという考えは間違っています。何歳だろうと人の死はその親しさによって涙の量は変わってくるのです。

★異常な新年の始まりでしたが、なんとか気を取り直して、どれだけか分からない残された人生をしっかりと生き抜こうと思います。

★新年早々湿った話ですみません。亡くなった方の為にも、元気で明るい年にしていかねばと切に思います。

★本日これまで。また日を改めて
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theme : 日々のつれづれ
genre : 日記

大晦日(おおつごもり)から新年へ。

白鷺城
★写真は姫路城通称白鷺城です。

★大晦日は毎年複雑な思いで過ごす。

★子供の頃玄関の上り框に借金取りのお兄さんが来て、お袋といつも喧嘩になった。

★「一銭もないんだから、家探しでもなんでもしたら!」とお袋。「俺だって一銭ももらわずに帰ったら親方におこられちまうよ!」と八百屋兼乾物屋のお兄さん。

★一年間つけで野菜や乾物を全部買って来て、その払いを取りに来たのだけれど、うちでは払えないのだ。

★親父はと言えば、静岡と言えども寒風の大晦日の夜、自転車で決まって何処かに姿を消す。

★あのころは(昭和30年頃)町に喫茶店などなく、下戸で酒も飲めなかった父は紅白歌合戦がラヂオから流れている頃、どうやって、あの3,4時間を過ごしていたのだろう?

★其れだけは聞き忘れたが父は64歳で亡くなってしまった。

★だからして、借金はあったとしても、借金取りが玄関に居座っていない紅白歌合戦だけは、ただ意味もなく今も毎年観ている。

★やがて、寺の鐘が鳴ってラジオが「行く年くる年」になると、八百屋のお兄さんも諦めて、姿を消して、父がいつの間にか帰って来ていた。

★今年の紅白はユーミンが歌っていた。「・・・・小さい頃は神様がいて・・・・」

★この年にして分かった。多分小さい頃、俺には神様がいなかったんだと思う。

★蒲鉾工場で小魚を切り裂くバイトをして帰ってきて、黒いジャンパー(ブルゾンじゃねえぞ)をそのバイト代で親父と買いに行って、残りのお金を父に貸した。

★親父は「くれ」とは言わなかった。「貸してくれ」と必ず言った。でもその金が帰って来たためしはなかった。

★身体に沁みついた生魚の匂いは銭湯に行っていくら躯をこすってもぬけなかった。

★だから、蒲鉾は随分と長い間食えなかった。今は平気だ。乗り越えた。

★貧乏から逃れるためにフィクションの世界に逃げて芝居をやりだしてから、神様が逆に俺に寄ってくれるような気がした。

★だから、どんなに苦しい公演でも芝居の神様によって奇蹟がおこり、乗り越えられてきた。

★昨秋劇団ギルドは20年目にして39回の公演をやって解散した。

★芝居は勿論違った形で続けて行こうと思っている。神様が離れないように。

★ユーミンやサザンオールスターズが出てきても、「全然ピンとこないなー」と言ったら家人が「多分この人たちはハングリーじゃないからじゃないの」と言った。

★なるほど子供の頃ハングリーではなかった家人がそういうのだからそうかもしれないと、なんとなく納得した。

★それにしても・・・・と思う。60年以上も前の事にこだわっている自分が何とも情けないやら、悲しいやらだけれど、年をまたいで、風呂に入った。

★風呂に毎日入れるという幸せをしみじみと噛みしめる。

★今年はどんな年になるか? いやそれよりも、どのくらい後余命が有るのかが気になる新年だ。

★しかし、ともかく人が人として最低限生きられる年で有りたいとしみじみ思う。

★ここまで、生きて来れたのは本当に色々な人との出会いがあり、その人たちに助けられたからだも改めて思う。

★おやすみベィビーまた気が向いたら。

theme : 思ったこと・感じたこと
genre : 日記

諫早講座の翌日の話

壱岐の海小
★写真は壱岐の海です。

★さて、12月9日は諫早の講座を終えて博多へ。博多で元ギルドに出入りしていたまあ劇団員とも言うべきT君と会って食事をしながら語る。

★彼は博多で、二人芝居の様な舞台を2本程出演して、終わったばかりという事で、暫し飲み食い語る。

★T君は長崎で劇団をやっていて、今回は頼まれて客演したとの事。

★彼とは諫早の図書館で2年程前に再会した。こうして、地元へ帰り地道に芝居を続けているという事は嬉しいことだ。

★博多の港近くの宿に泊まり、翌日12月10日朝、高速ジェットで壱岐に渡る。約1時間の海上の旅である。

★港にはHさんご夫妻が迎えに来てくださり、お昼を頂きに岡の上のレストランへ行く。

★壱岐の海はいつみても美しい。地元の未来座の芝居のアドバイスにより、2日間お世話になる。

★その事については稿を改めて書く。

★何しろ筆をおろそかにしているうちに2018年が終わってしまったので、いささかあわてる。

★本日ここまで、これは2018年の分である。お休みベィビーまた明日。

theme : 雑記
genre : 日記

諫早演劇講座

2018諫早添削講座
★写真は諫早図書館でのシナリオ添削講座の模様です。

★さて、12月8日に長崎へ行き、翌12月9日の日曜日、夏に小松與志子さんと一緒にやって来た諫早図書館のシナリオ講座に応募のあった方に集まっていただき、その添削講座を小生1人でやりました。

★休憩をはさみ2時間半、7篇の原稿について、一つずつ丁寧にその批評、直し方とオーディオドラマのシナリオの書き方とはどういう事かの講座をやりました。

★所用で欠席の方もありましたが、大変皆さん熱心に聞いていただきました。

★更に書き直しをしていただいて、1月半ばまでに書き直してもらい、1本に決めて、2月に書いた皆さんに出演していただき、15分ほどのオーディオドラマを作成するという試みです。

★もう、図書館設立の翌年から14年程続いている催しで、当地の御出身の市川森一さんの主導でやって来た講座です。

★うち5年程離れた時期もありましたが、市川さんが亡くなってからも、遺志を引き継ぐようにトータルで10年程やらせていただいています。

★今年は都合により、演劇の公演はありませんでしたが、昨年までは演劇の公演と二本立てで、やっていました。

★シナリオ講座やオーディオドラマの作成講座は、全国で色々あろうかとおもいますが、図書館の主催で、シナリオを市民の方々が書く事から始まり、それを書き直して、さらに出演して一本のオーディオドラマを作り上げるという試みはここだけではないかと思われます。

★大変熱心な図書館の方にも支えられ、参加者のとてもすばらしい熱意で、この催しは一段と意義のあるイベントになっていると思います。

★ただ残念なことが一つ、それは高校生等の夏休みと冬休みに当てて、開催されるため、20回以上も訪れて入ながら、多分小生は一番いい諫早の季節、春と夏には訪れたことがないことです。

★それでも、長崎に着いたその日から暖冬がぴりっと寒くなり、小生を迎えてくれて、「寒くなりましたねー」といいながら、ちょっぴり嬉しくなったのでした。

★翌日は博多へ出て、壱岐の島へ行きます。その模様は又次の日に。

★本日これまで。お休みベイビーまた明日!

theme : 伝えたいこと
genre : 日記

独善的演劇論

風と雲と魂とC

写真は「風と雲と魂と」―シベリア鉄道の晶子-の一場面です。

★これからは独善的に演劇論を少しずつ書いていこうと思います。

★その1 何故演劇は義務教育の授業とならないのか?

★美術・音楽・体育が、義務教育の授業として古くから散りあげられているのに、演劇は何故授業にならないのかと疑問に思った方はありませんか?

★「あんなものは授業で教える価値はないよ、趣味の領域だから」という考え方がほとんどではないでしょうか。

★これだけ、いじめが社会問題になり、其の解決方法がない今、演劇はそのキーを握っていると思います。

★現にアメリカなどでは、プレイングゲームを刑務所の受刑者の矯正の一助として使われていて、その効果を示しているという例もあります。

★現にマフィアの家庭に育った人間が相対する組織の人間を殺し、全く罪の意識のない者に、例えば順番に演じさせて、被害者の兄弟の役を演じさせることにより、初めて、自分が殺した相手の家族の気持ちが分かるようになったり、という効果を上げています。

★これほど想像力や仲間との協調性の必要な演劇が、何故学校教育で使われないのか?

★それはどの芸術どのスポーツにもある、基礎と言う物がバラバラだからです。

★そうです。演劇はそのプロジューサー・演出家・その劇作家によって、皆それぞれ別個の方法論を持っているからです。

★音楽も舞踏も絵画やスポーツも、全て基礎に関しては同じです。ドレミファソラシド以外の音階はなく、野球のゴロの打球、をとる時は、膝を開いて、腰を落として、股の真ん中でボールを取る基礎から始まって、色々変化し、それは前衛になったり、コンテンポラリーダンスに発展していくのです。

★しかし、演劇だけは、A氏とB氏とC女史によって、基礎から言う事が各々違うからなのです。基礎の違う物をバラバラに学校教育で教える事は出来ません。

★この稿長くなるので、本日これまで。

★おやすみベィビー、また気が向いたら。

theme : みんなに知ってもらいたい
genre : 日記

プロフィール

G.C(グランド・キャノニオン)

Author:G.C(グランド・キャノニオン)
G.Cことグランド・キャニオン・ビリーブ・ミーこと高貴な谷、つまり 高谷信之のこれはブログです。

G.C(ジードットシー)はラジオドラマ80本書き、映画、テレビのシナリオを手掛ける。
また劇団ギルドの代表でもあり、劇団の運営、限りない創造に賭けており、また放送作家協会の理事でもある。
他にシナリオの書き方講師等もしている。

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